沖縄の住宅の歴史

  沖縄でも先史時代は竪穴式住居だったといわれていますが、その後のグスク時代に確立されたのは穴屋(アナヤー)と呼ばれる簡素な住宅形式です。穴屋は、中柱を建物の中央に立てて先端を又木にして棟木を支える構造で、竹と茅で編んだチニブで壁面を囲い、茅などで屋根を葺いたものです。床はわらや茅を敷くのがふつうで、後年になると竹や板張りにすることもありました。
  琉球王国時代の1737年、三司官であった蔡温の発令により「敷地・家屋の制限令」によって、屋敷や家屋の大きさが身分によって定められることになりました。百姓(庶民)の家屋は母屋12坪(3間×4間)、台所6坪(2間×3間)に制限され、一室当たりの畳数の制限、庶民の瓦葺きの禁止、良材の伐採の禁止などが定められたのです。このため、庶民にとっては上記の穴屋以上の住宅建築は望めなくなり、制限令が解かれる1889年までこれは続きました。
  制限令の撤廃後は、首里・那覇で広がっていた貫木屋(ヌチジヤー)形式の家屋が庶民にも浸透するようになりました。貫木屋とは、礎石の上に四角の柱をとし、柱に貫穴をあけ貫を通して、ほぞ、楔、栓で締め、壁は堅羽目板張りとし、和小屋に茅葺きまたは瓦葺きの屋根を持つ建物で、和風建築では「石場建て様式」と呼ばれています。
戦後建築された木造住宅のほとんどは貫木屋形式です。その後、米軍施設関連工事の影響もあり、耐風性に優れるコンクリート造(RC造)に切り替わっていき、現在では90%以上のシェアを占めています。
  沖縄の古民家に関する学術研究や行政調査は下表に示すような蓄積があります。詳しくはこれらの文献、資料を参照されることをお勧めします。

書   名
著者名
発行年
発行所
南西諸島の民家
真境名安興
1961年
相模書房
琉球地方の民家
鶴藤鹿忠
1972年
明玄書房
沖縄の集落景観
坂本磐雄
1989年
(財)九州大学出版会
沖縄における木工系技術及びその伝承に関する研究
福島駿介他
1989年
住宅建築研究所
沖縄の伝統的な木造住宅調査報告書
1997年
沖縄県
沖縄県近代和風建築総合調査報告書
2002年
沖縄県教育委員会


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