古民家の構造・建築技術

構造・間取り

 沖縄に現存する古民家はほとんど貫木屋形式で、屋根形状は寄棟です。
 集落形態にもよりますが、沖縄の古民家は基本的に南向きであり、東から一番座、二番座となり(士族や有産階級の場合は三番座もあります)、その背面に裏座がおかれていました。一番座には床の間が、二番座には仏壇が配置されるのがふつうで、裏座には地炉(ジール)が設けられました。西側に竈を設けて台所とし、火の神を祀っていました。
 屋敷内の建物の配置では、裕福な家などで屋敷内の東側にアシャギという別棟を建てることがあります。西側には家畜小屋及び納屋を、北西の隅に豚小屋兼便所(フール)を設けていました。門の正面に当たる建物前面にはヒンプンをおき、邪気払いと外からの視線をさえぎる役目としました。屋敷囲いはかつては石垣とフクギなど屋敷林が多かったですが、近年ではコンクリートブロック囲いの割合が増えています。


沖縄古民家の代表的な間取り
資料:『沖縄大百科事典』「民家」の項

木造建築技術

 沖縄の伝統的建築技術は本土の寺院建築等の技法を取り入れており、多くの類似点がみられますが、高温多湿、台風、虫害など気候風土への対応と材料の制限といった事情から、沖縄なりの技術の展開も見受けられます。
 『琉球国由来記』(1713年)には、建築に関連する技術職として「瓦工」「鍛治」「石工」「船造」「左官」「畳刺」が挙げられ、その由来が記されています。首里・那覇を中心に、建築技術の進歩とともに棟梁を中心とした集まりが生まれ、世襲化も進むようになります。それ以外の地域でも、王府の建築工事に携わる人や首里・那覇に奉公に出た人などを通して、建築技術が伝播・波及していきました。しかし、地方に暮らす庶民の住宅は前述の穴屋形式であり、大工仕事の経験がある人(セークガッテ 細工勝手)を中心にしながらも村落共同体のユイマールで建てられることが多かったのです。
 貫木屋形式の民家の特徴として、構造部材に釘は基本的に用いず、仕口や継手で締め固めて堅牢な小屋組みとし、建物の剛性を高めることが挙げられます。


木組み技法の例

@柱

 柱は一般に3寸角から4.5寸角までの角材が用いられ、柱材の長さは定尺で2間、11.5尺、10尺、9尺のものを仕入れることが多かったようです。ふつうは1間半ごとに柱を置き、雨端から3番目までの柱は礎石から母屋まで通したとのことです。開口部は差し鴨居で堅固に組み、雨端柱や軒先柱は繋ぎ梁によって連結しました。

A床組み

 沖縄の民家は礎石に束を置いた基礎形式であり、柱と柱の間はすべて足固めによって結び、住宅下部の軸組みを固めます。床組みでは大引き、足固め、柱等を固定するため、桁行にはアイウトゥシ、梁行にはアシアゲと呼ばれる蟻掛けの一種が用いられ、楔や栓で締め固められます。

B軸組み

 大貫を45cm間隔で柱に通し、これに蟻落としを行って楔締めとする貫構造であり、貫の位置によってそれぞれ地貫、腰貫、内法貫、天井貫を通しました。貫は柱に貫穴を彫り抜いて柱をつなぐもので、流し貫の断面より貫穴を長く彫り、上端または下端に両楔を打って流し貫を固定します。沖縄の伝統工法では、筋交いや火打ち梁などの斜め材、間柱、胴縁などは使用されません。

C小屋組み

 各間仕切り柱の頭繋ぎに桁を、柱頭その他適当な位置に梁をそれぞれ架け渡し、さらに桁行き方向(建物平面の長手方向)に約90cm間隔で小梁を配します。小梁の上に小屋か母屋、または棟束を立て込み、母屋及び棟木を受けさせる二重梁形式の小屋構造です。棟木を支える棟束や母屋を支える小屋束は、屋根荷重のバランスを考慮しながら配置されます。

D雨端

 雨端とは一般に家屋の南面と東面に配置され、縁先に柱を立てて軒を深くする建築様式のことです。激しい雨風と強い日射をさえぎる手段であり、雨端によって建物外周の腰下部材の腐食を最大限に抑えることができます。軒高は2.1〜2.4mほどと低くなり、採光性は劣りますが、庭からの照り返しの光が室内を照らしてくれます。

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